ビデオ「階層的自律コミュニケーションシステム2018」の感想など
モデレータ: TadashiNakajima
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TadashiNakajima
- 記事: 2287
- 登録日時: 2017年9月07日(木) 10:12
ビデオ「階層的自律コミュニケーションシステム2018」の感想など
ビデオ「階層的自律コミュニケーションシステム2018」の感想などについてのスレッド
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TadashiNakajima
- 記事: 2287
- 登録日時: 2017年9月07日(木) 10:12
自由とは
今回の授業では、オートポイエティックシステムであるものが、観察者の立場によってアロポイエティックシステムになりうるということを知りました。生物の中でも拘束関係が成り立っているのに、よくある「自由」なんてものは果たして存在するのでしょうか。と思ったときに前回の自由についての授業との繋がりを感じられました。自分が何者なのかを知るにあたって今回の授業はとても重要なものだと思いました。
T.Yさん
T.Yさん
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TadashiNakajima
- 記事: 2287
- 登録日時: 2017年9月07日(木) 10:12
主観と客観で判断が異なる
生物と外界は構造的カップリングの関係であり、自然淘汰により撹乱に対する反応や行動に再現性が生じている。これを主観的には好きで同じことをしていると判断するけど、客観的には外界によって同じことをさせられていると判断するというように、生物には外界からの拘束・制約がかけられているのが、同じことに対してでも主観的や客観的の違いで判断の仕方が異なるというのを初めて知ったから驚いた。
Y.Oさん
Y.Oさん
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TadashiNakajima
- 記事: 2287
- 登録日時: 2017年9月07日(木) 10:12
非対称な構造的カップリング
細胞や組織などには、拘束、制約などはかけられていないと思っていました。しかし、各層の上位層から拘束、制約がかけられていることを知って驚きました。また、心臓の細胞など、オートポイエティックシステムであるものが、全て同じタイミングで動き出すことも印象に残りました。色々なことが知れて良かったです。身近にある非対称な構造的カップリングも見つけていきたいです。
S.Sさん
S.Sさん
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TadashiNakajima
- 記事: 2287
- 登録日時: 2017年9月07日(木) 10:12
階層性
社会システムで学校という組織は、すべてオートポイエティックシステムになることが分かった。だけど、多細胞生物における階層性や階層的自立コミュニケーションシステムは、上位層と下位層でみてみると非対称な構造的カップリングになることが分かった。
今回の授業は、多細胞生物という組織と学校という組織を例にして考えてみて、違う組織でも考えてみたいと思った 。
S.Kさん
今回の授業は、多細胞生物という組織と学校という組織を例にして考えてみて、違う組織でも考えてみたいと思った 。
S.Kさん
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TadashiNakajima
- 記事: 2287
- 登録日時: 2017年9月07日(木) 10:12
何故、椅子を椅子と呼ぶのか?
椅子を椅子と呼ばなければいけない理由がないということの説明があり改めて考えてみるとそうであり、その理由の答えはないけどその理由を考えるのが面白いし、何故それに強制されているのかを考えるのも面白かったです。何故椅子を椅子と呼ぶのか?という先生話を聞かなければ僕はどうして考えることはなかったと思うので、そのような機会が作れて良かったと思います。
K.Nさん
K.Nさん
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TadashiNakajima
- 記事: 2287
- 登録日時: 2017年9月07日(木) 10:12
矛盾を説明する完璧な理論
私たちが、話す人だけでなく、参加する組織によってコミュニケーションに拘束/制約されているようにみえる原因がよく理解することができて、面白いと感じた。
それぞれの階層でみるとオートポイエティックシステムなのに、上位層と構造的カップリングをすると下位層がアロポイエティックシステムにみえることも完璧に説明できる理論で、とても納得することができた。
M.Tさん
それぞれの階層でみるとオートポイエティックシステムなのに、上位層と構造的カップリングをすると下位層がアロポイエティックシステムにみえることも完璧に説明できる理論で、とても納得することができた。
M.Tさん
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TadashiNakajima
- 記事: 2287
- 登録日時: 2017年9月07日(木) 10:12
昔の授業スライド
過去のスライドのコミュニケーションからの拘束/制約が複数の人の中で潜在化されることにより常識となり、その常識をもつことでコミュニケーションに参加できるということを復習としてまた思い出すことが出来ました。また、自然淘汰により再現性が生じることで客観的観察者が生物には拘束/制約がかけられていると結論付けた所がなるほどなと思いました。
C.Iさん
C.Iさん